公開日:2017年9月21日

これまで述べてきたように、言語の不思議な現象には、「経済性」(単純性を好む傾向)という原理が関わっているのです。

見た目の複雑さのみならず、いくつかの文法現象も、経済性の側面から説明できます。

(1) a. John gave Mary a doll.

  1. Mary was given a doll by John.

c.?A doll was given Mary by John.

  1. A doll was given to Mary by John.

(1c)文と(1d)文を見比べると、(1d)文のほうにはtoが存在し、見た目はやや複雑です。「複雑性の度合いが高いほうが、より文法的である」ということは、一見、文法上の大原則(=文法の文法)である「経済性」に違反しているかのように見えます。しかし、事実は全く逆なのです。

(2)  John gave a doll to Mary.

(1c)文の派生は(1a)文から起こっているのに対し、(1d)文の派生は(2)文から起こっています。なお、(1a)文は、(2)文からの派生であると考えられています。派生の複雑性の視点からは、(1c)文のほうが複雑です。従って、「経済性」の原理から、(1c)文はあまりよくないと判断されるのです。

(3) a. (1c)文の派生: 第3文型→第4文型→受動態

b. (1d)文の派生: 第3文型→受動態

(1d)文のほうが単純な派生をしているので、(1d)文は経済性の原理から十分に容認されるというわけです。

いわゆる省略現象は、「経済性」が言語に影響を与えていることを示す「目に見える証拠」といえるでしょう。

(4) a. 「この前お話に出ました本をお買いになりましたか?」

  1. 「あの本をお買いになりましたか?」

c. 「あの本を買いましたか?」

d. 「あの本を買ったか?」

  1. 「あの本買ったか?」
  2. 「あの本買った?」
  3. 「本買った?」
  4. 「買った?」

(4a)文のように具体的に「本」を形容する部分は、当事者間で分かっていたら省略できます。また、(4b)のような尊敬を表す表現(=敬語)は、(4c)のような丁寧表現に縮小することができます。更に、丁寧表現の代わりに、(4d)のような無色透明文に縮めることもできます。「を」を省略して(4e)のような文も可能で、「か」を省略して(4f)のような文も可能です。

「あの」すら、親しい仲間の間で、どの本の話題であるかが明白な場合、(4g)文のような言い回しも可能です。挙句の果ては、(4h)のように、名詞句(「本」という表現自体)をも省略可能なのです。だから、日本語は、省略現象が豊富で、その分だけ、言語に共通の「経済性」の原理が強く影響していると考えてよいでしょう。

この記事の著者

englight
記事一覧