公開日:2018年4月10日
最終更新日:2018年4月28日

古事記に、イザナギが最後のミソギをしたとき、左目からアマテラス、右目からツクヨミ、鼻からスサノオが生まれたとあり、アマテラスに高天原を、ツクヨミに夜の国を、スサノオに海原を治めるように命じたと言います。

 

ツクヨミに命じたのは、もう少し具体的に言うと、「夜の食国」を治めよ!とのことで、「食国」とは「オスクニ」と読みます。オスクニは、「オス」と「クニ」から成っていますが、「オス」とは「オサメル」の意味であると言います。

 

「オサメル」は、きちんと整えるというコアの意味があり、物と人と事のどれをオサメルかで、当てはめる漢字が異なります。具体的に示しましょう。

 

納める ⇒ 物を納める ⇒ 物を収納する

治める ⇒ 人を治める ⇒ 政治を行う

修める ⇒ 事を修める ⇒ 学問を実践する

 

物や人や事をオサメルとき、それに愛着が生まれるのが自然ですね。だから、「惜しくなる」「愛おしくなる」という言葉が生まれてきたと言霊的には言えるのです。「オサメル」は「オシ」「イトオシ」と同根だというわけです。

 

クニをオサメル場合は、「治める」とするのがいいでしょう。クニは基本的に国民から成っているので、国民を治めることにつながり、「オスクニ」は「治める国」という当たり前の意味です。

 

そこで、日本は「食」が重要なクニであるので、「食」を当てて「食国」と書き、「オスクニ」と読ませたと思われます。何故、食が大事かというと、「食」はアマテラスが、それを産み出す方法、すなわち、農業を自ら行ったとされるため、食は全て神聖なる物となるからです。

 

その証拠に「食」に関する言葉は、神聖なイメージを持っています。

 

食べる ←タマハル

飯 ←召す メなるスは「目」でみる その後、いただく

食う ←「咥える」や「噛む」と関係し、「噛む」は「神」と関係する

 

神道では、この「食」を重視し、常に「新鮮な神饌」を、つまり、山の幸や海の幸を神前に備えます。「幸」という言葉を用いて「食」を表すわけだから、日本人はよほど食が好きで、そして、食は幸につながることを暗示していますね。食は日々生きるエネルギーにも大いに関係しており、更に、神様にも関係しているのですが、このあたりのことは、次の雑記帳で論じることにしましょう。

 

ちなみに、「教える」(オシエル)も、「オスクニ」と関わっていて、「正しく食べることを修める(ように教える)」ということが元々の意味であろうと考えられます。

 

それでは、イザナギがツクヨミに治めるよう命じた「夜の食国」とは何でしょうか?月は暗い夜に出ることから、夜を治めることになるのは分かりますね。その国が「食」を大事にする国、すなわち「食国」(=食で治める国)となるのです。だから、この流れで言うと、「夜の食国」は「食で治める夜の国」ということです。

 

私は更に、「夜の食国」は「夜の食」と「国」の組合わせでもあると感じます。つまり、「夜の食」(=晩ご飯)で治める国を暗示するのです。日本では、接待なども夕食が中心ですね。その食を通じて、根回しを行ったりして、重要な決定が成されるわけです。夕食は極めて重要なわけです。

 

ところで、「夜」と「晩」の違いは、nighteveningの違いと同じです。確認しておきましょう。夜に対する語は昼で、晩に対する語は朝です。昼夜と朝晩という表現があるから、そのことは明白ですね。

 

それでは、夜と晩はどう違うのでしょうか。夜は、太陽が沈んでから、次の日に太陽が昇るまでを言います。だから「昼」の対照語と言えるわけです。

 

一方、晩は、太陽が沈んでから寝るまでを言います。だから、この時期に食べるご飯は、晩ご飯(=夕飯)[晩も夕方も基本的には同じ、だから晩=evening]と言います。英語では、習慣行為には冠詞がつかないので、eat supper(簡単な晩ご飯を食べる)、eat dinner(一日の中心的なご飯を食べる[=通例晩ご飯])のように無冠詞にします。

 

一方、人が通常寝ているときに食べるのが夜食で、やはり「夜」の食になります。こちらは、習慣行為でないので、eat a night mealというように冠詞がつきます。

 

だから、論理的に「夜の食国」は「夜」の「食国」が正しい分析となりそうです。食で治める夜の国ということです。「食国」は日本のことともされているので、月は「食で治める国」(=日本)の夜を治めていると言えるのです。

 

あくまでも日本は「日」の「国」すなわち太陽の国であるけれども、夜は太陽が出ないので、月が代わりに治めてくれているということになります。月は「運のつき」とか「つきがある」などの表現にもみられるように、運命を司っている側面があります。

 

そして、一日の食の最重要な部分であるのが夕食なので、「昼の食国」ではなく、「夜の食国」と古事記が述べているのでしょう。そして、やはり、「夜」の「食国」だけでなく、「夜(=ここでは晩)の食」の「国」も同時に表していると、私は思っています。

この記事の著者

通訳ガイド研究会
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