公開日:2018年5月29日

卑近な話から始めましょう。ある店で非常に人気の商品があるとします。それを食べた人は、また、食べたいと思い、その店を訪れることが多いものです。一方、世の中には、流行などが関係ない人もいます。食べたいものを食べるというたぐいの人です。実は,私は後者に属しています。そして、できるだけ、毎回、違ったものを食べることに挑戦しています。そのほうが面白い人生が歩めそうだからです。 

一般に、日常の出来事から、哲学的事象に至るまで、2つの発想があると、私は考えています。その2つの発想とは、簡単に言えば、日常レベルでは「繰り返したいと考えること」と「新たなものに挑戦したいと考えること」、哲学レベルでは「森羅万象は循環すると考えること」と「森羅万象は発展すると考えること」です。そして、これらの発想が基づいている原理を、私は、それぞれ、循環原理と発展原理と名付けています。

 最初に挙げた例では、流行のものを食べるのは「循環原理」に基づき、新しいものに挑戦するのは「発展原理」に基づいています。一般化して、同じことをしたいのは「循環原理」、新しいことをしたいのは「発展原理」に属します。また、人間は同じことをしてしまう傾向がありますが、同時に新しく生まれ変わる可能性もあると思います。前者の「傾向性」は循環原理に属し、後者の「可能性」は発展原理に属すと言えるでしょう。

 さて、ものの在り方(the way things are)に関し、古代中国と古代インドの哲学では、発想が根本的に異なります。代表例として、宇宙の成り立ちに関して、中国の「五行説」とインドの「五大説」がありますが、前者は循環原理、後者は発展原理に属していると考えられます。

 色々研究しているうちに、仏教は、両原理が折り重なってできあがった哲学を、その教理の中心に据えられている感じがしてきました。例えば、仏教では、六道輪廻(天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄をぐるぐる回る傾向性)があるということを説くと同時に、四聖(声聞・縁覚・菩薩・仏と生命の境涯が発展し、最終到達目標はもちろん仏の境地)の世界へ解脱する可能性を説いています。

 この、六道輪廻という生命体の傾向は循環原理に基づき、四聖は発展原理に基づく生命の在り方の具現化と言えると思います。だから、六道は「循環原理世界」、四聖は「発展原理世界」と表現することができるでしょう。

十界=六道+四聖=循環原理世界+発展原理世界

 この意味で、仏教は循環原理と発展原理が混合した宗教と言えるのです。これは、ちょうど、仏教と神道が混合した「神仏習合」の状況と似ています。

 仏教寺院+鎮守(=仏教寺院の守護神)

神社+神宮寺(=神道の神のレベルを上げるための寺)

 この神社と寺院の混合は、神仏習合の第1段階と言えますが、仏教寺院や神社が独立しつつ、支え合う関係となっています。この段階は、いわば神仏習合のMIX期です。

 時代が下って、仏教の仏から神道の神が派生したものという発想、仏の化身が神であるという考え方、言い方を変えれば、本地が仏で、垂迹が神という発想が生まれます。具体的は、例えば、奈良の大仏(盧舎那仏)が、伊勢神宮外宮のアマテラスと同一視されることが挙げられる。これは、神と仏の融合が考えられているので、この時期は、神仏習合のBLEND期と言うことができます。

 この神仏習合の第2段階のようなBLEND性が、仏教の十界の世界観にも当てはまる宗派があります。それが天台宗です。この天台宗には、十界互具(じっかいごぐ)という考え方があるからです。これは十界の1つ1つがそれぞれ残りの9の世界を併せ持っているという発想で、その個々の世界にいる住人が他の9つの世界の住人となる方向性を秘めていることを表しています。

 地獄にいても仏の可能性はあるし、仏の世界に居ても地獄への傾向性を持つということです。これは、六道と四聖という2つの垣根を取り払ったような、かなりダイナミックな発想と言えるでしょう。

 十界互具」は「十界」と「互具」から成っているのが象徴的であると感じます。というのは、「十界」(=そもそも十の世界があり、トップが仏の世界であるということ)は上への発展性(=可能性)を明示しているので、発展原理に属し、「互具」(=個々の世界がその他の9つの世界へとぐるぐる動くという方向性を秘めているという発想)は正に循環性を暗示する原理、すなわち、循環原理を感じさせます。

 発展原理(四聖)と循環原理(六道)が、そのまま見える形(すなわち、十界のMIX[混合]的世界観)となっている通常の仏教に対し、天台宗の「十界互具」の発想は、その見える四聖と六道の垣根が取り払われ、発展原理と循環原理がもはやBLEND[融合]していると言えます。すなわち、天台宗の十界は、ちょうど、神仏習合の第2段階(BLEND期)に似た、第2段階の十界(すなわち、十界のBLEND[融合]的世界観)なのです。

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通訳ガイド研究会
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