公開日:2020年5月8日

 

 

 

 

 

仏教を創始した釈迦は、生まれてすぐに7歩歩いて「天上天下唯我独尊」と言ったとされています。

この意味は「天の上にも天の下にも、自分だけが尊い」と解釈し、釈迦は「自分ひとりだけが世界で一番尊い」と言ったと思っている人が多いと思います。

事実、「唯我独尊」という言葉は、現代日本語では、「偉そうな人だ」という意味で使用されます。

しかし、本当に偉い人は偉そうにしないものです。「天上天下唯我独尊」と釈迦が言ったというのは、後世の弟子が釈迦の教えを述べたものと解釈するのがいいでしょう。

釈迦はこの世で一番偉いからそのように言ったということを伝えるために、この言葉ができたと解釈することもあり得ますが、「天上天下唯我独尊」という釈迦の教えは、次のように解釈するのが良いでしょう。

「天上天下」は「世界のどこでも」という意味で、英語にすると throughout heaven and earthぐらいになります。口語では all over the world、少し強調して in every corner of the worldなどが妥当です。

「唯我独尊」は「ただ、我、一人として、尊い」の意味で、「自分自身」(=我)が、「他に何も追加することなく、それゆえ、自分に追加されたもので他と比べるのではなく、自分一人として」(=独)、「尊い命を持っている」(=尊)ということ「だけが言える」(=唯)と解釈できます。

他に追加するものとは、学歴・財産・名誉・家柄など個人に外的に付随するものだけでなく、個人の美醜や健康状態など個人に直接に付随しているものも指します。

だから、「独尊」とは、これらをすべて取り除いた、個人の魂そのものが尊いということなのです。

個人の魂そのものが尊いというのが真理で、これが釈迦の教えであると、後世の弟子は伝えようとしたと思われるのです。

例えば、「学歴が高いから、私はあなたより偉い」という発想はよくない(=真理ではない)ということを「独尊」の部分が述べているのです。

「我」とは個人のことで、「我独尊」(自分が一人として尊い)ということが全ての人に当てはまるのだから、「人間はそのままで皆尊い」という真理を導きます。

「この真理(=我独尊)がただ唯一に存在すること」が「唯我独尊」の意味であると、私は解釈しています。

そして、「尊い」とは「尊い命を持っている」という意味から、さらに派生して「尊い使命を持って生まれてきている」という解釈も成り立っています。

神道的に解釈すると、神様から魂をいただいている(=ミタマ分け)ので、当然、全ての個人が尊いのですが、釈迦の教えにはこのことも含まれていると思います。

というのは、涅槃のとき(入滅時)、頼るべきは自分自身(=自灯明)と述べているからです。自分自身が尊い(神のような存在である)からこそ、迷ったときは自分に聞く(=自分の真実の言葉を聞く)ことを弟子に教えています。

英語の世界には、one’s own Lord(自分自身の神=自分が頼みの綱とする偉大な存在)という表現がありますが、「唯我独尊」は、その存在が実は自分自身だという意味と解釈できるので、I am my own Lord.と訳すのが普通です。

したがって、英語で「天上天下唯我独尊」は、次のようになります。実際この英文が、この釈迦の言葉(真理)の訳として考えられています。

I am my own Lord throughout heaven and earth.

この記事の著者

通訳ガイド研究会
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