公開日:2020年5月29日

「神仏習合」という1つの原理が日本文化の奥底に流れているとよく言われますが、江戸時代以降は、政府が推奨した儒教(具体的には朱子学)も関わっているので、「神儒仏習合」(室町時代中期以降の神道家・吉田兼倶の発想が有名)も重要な近世の日本文化を構成する重要な原理と言えると思います。

 

この視点から「武士道」を構成するものは何なのかに焦点を当ててみたい。まず、社会は人間から構成されます。人間個人を直視したのが仏教、とりわけ、禅と言え、武士は禅によって精神修養を試みます。

 

社会そのものに光を当てたのが儒教、とりわけ人間関係の重要性を儒教は主張します。武士道は儒教的側面があり、上司(城主など)を疑うことなく従う姿勢を貫きます。

 

人間の内面を向上させるために禅の修行、忠誠心を磨き保つために儒教的精神が、武士道の重要な構成要素となっていることは間違いありません。

 

こういった外来の実践思想以外に、元来の神道的な側面が武士道には流れていると私は考えています。

 

人は神様から魂をいただいているので、生命は尊いもので、命を大切にしないといけない神道的な発想が基盤にあるのが、江戸時代の武士道(江戸時代前期の儒学者・山鹿素行は士道を主張した)であると考えることができます。

 

神道的発想は大和心を生みだしています。私は、大和心は、次の5つの側面があると考えています。簡単に言うと「敬」「知」「情」「柔」「和」です。

 

「敬」とは自然を愛し、人を愛し、言葉を愛する姿勢です。日本では自然をめでる風習(花見、月見など)が確立し、言語上は敬語が発達しています。

 

「知」とは知的探求心、日本人は自らの精神を高めるために「学ぶ」姿勢です。歴史上、遣隋使・遣唐使を通して中国の文化や思想を学び、江戸時代はオランダから医学を学び、明治維新ではヨーロッパから、戦後はアメリカから学んできました。

 

「情」とは「もののあはれ」という言葉があるように、感性が鋭い側面があります。義理や人情に厚いのも、感じる心の豊かさと関係していると思います。

 

「柔」とは柔軟性です。日本人には、知的好奇心で取り入れたものを日本風に変えていく、応用力が備わっています。仏教も元来のものとは異なる日本的仏教(その中心的哲学は保ちつつ)と変化させました。「柔」のスポーツ版は柔道と言えるでしょう。

 

最後は「和」です。平和を愛し、調和を好む心です。そのためには力強い優しさが必要です。日本人はこの心を持ち続けていると思います。「和」と言えば日本そのものも表しています。だから「和服」「和食」「和室」など衣食住全般に「和」の精神が生きています。この「和」は、心の三要素(知情意)のうちの「意」に当たると私は考えています。つまり、和の意識です。

 

日本の武士道精神は、禅と儒教と大和心(敬・知・情・柔・和)が融合した精神性であると私は考えています。

 

この記事の著者

通訳ガイド研究会
記事一覧